あの日から。

あの日から30年…。 月日が経つのは早いですね。

こんにちは、けたろーです。

さて…

目次

あの日。

その当時、ボクは勤めていた西脇市にある会社の寮の3階に住んでいて、あの日は、下から激しく突き上げられるような衝撃で目が覚めた。 目が覚めたというより、強制的に無理やり起こされたと言った方がいいのかも…

明け方に起こった地震。 何が何だかよくわからず、地鳴りもしていて、揺れと音にただ怖くて、ちょっとの間ベッドから出れなくて、その時は、ただただとっさに

あぁ、東京が逝ってしまったんだ。 日本も終わりだな… 

なんていう感情が頭をよぎって、状況を確認するためにテレビをつけた。 

そこで目に飛び込んできたのは、倒壊した阪神高速と、高架の道路上で宙づりになったバスの衝撃的な映像。 その後に続く燃え盛る街の映像。

これが、神戸? 東京じゃなくて、神戸やったんや… 震源は? あわじ??? あの淡路でなんで??

他の寮生たちはどうなってるのか? 1階のロビーに降りていくと、みな、唖然とした顔つきで食い入るようにニュースをみていたのを覚えている。

ちなみに、会社がある西脇市というのは、淡路から明石市を経て、ほぼ真北の方向に位置する場所。 震源地からは距離はあるものの、ほぼ直線上の位置なので揺れも相当ひどかった。 震源があったとされるところから西脇市までの位置関係はこんな感じ。

ボクの部屋では、下駄箱の上に水槽を置いて熱帯魚を飼っていたのだけど倒れてこなかったのが幸いだった。 余震があるたびに、水槽が倒れないか? びくびくしていた。

会社にて。

当日、出社するとそれそれは大変なことに。

まず、揺れの影響で一部の装置が動いたようだった。 動いたというのは、設置位置からのずれ。 また、神戸に設置していたデータセンターも危ないとのことで、ホストコンピュータに保存している処理に関するデータも危ぶまれた。

建屋を含め、会社そのものにはさほどダメージはなかったのだけど、装置の稼働確認を行って、位置ズレを起こしている装置に関しては、早急に元通りにするように指示がだされた。 

また、とにかく生産に支障がでないように、一番の要であるデータの確保が最優先された。

直ちに、神戸のデータセンターまでバックアップデータを取りに行く部隊が組織されて、内部では、工場の点検とか、製造稼働に向けた復旧部隊が組織されたりとか…。 今から思うと、会社の対応は早かったように思える。

それに、以前の会社の親会社のもう一つがアメリカで、そちらの対応も迅速だった記憶がある。

神戸の周辺は交通網が悲惨な状況になっていて、車も規制されて入れないという情報が入っていた。 なので、データを取りに行くためにバイク部隊が編成されたのだった。

写真AC(フリー画像サイト)より。

当時、ボクもバイクに乗っていたんだけど初心者も同然だったので、居残りチームへ。 バイクチームには、バイク乗りがうまい連中が名乗りをあげて、対応していた。 

ボクが勤めていた会社は、神戸製鋼系列の半導体製造会社。 神戸製鋼とは、神戸がゆかりの会社。 そのため、神戸近隣の出身者も多くて…。 

系列の会社からも常駐や非常勤で来られている方たちもいて、うちの部署でも非常勤での仕事仲間がいて、その彼にに当時のことを聴くと、それはそれは涙ものの話し。 

彼は、神戸市内に住んでいて彼自体は難を逃れているのだけど、当日の街の惨状がすさまじくて… がれきの下敷きになった方のうめく声とか、そこら中から聴こえてきて、でも、どうすることもできない… って。

ボク自身は、そういった実際の現場は見ていない。 神戸をみたのは、ある程度復興・復旧した後なので、なまなましい現場の体験というのは、正直… ない。

実家のこと。

実家は大阪にあるのだけど、実家でもちょっとヤバイ状況が起こっていたのだった…

というのも、その当時、親父が受けていた機械案件の調子が芳しくなく、父親はちょうど東京へ出向いている最中だった。 ちなみに、ボクには姉がいるのだけど、姉は結婚して関東方面にいたので、実家には母1人。

家自体は無事だったんだけど、揺れの恐怖で心、感情的に耐えれないと… 

実家でひとりになった母親から、悲壮な声で電話がかかってきたのを覚えている。 毎日のように電話がかかってくるのだけど、こちらもどうしようもない。 しばらくの間、母親は近所に住んでる母親の妹宅へやっかいになることになった。

ちょっとした運。

父親の仕事の話し。 

1月の今頃というのは、ちょうどバレンタインの仕込みなシーズンで、ちょうど、それに向けの機械を受注していたらしく、でも機械の能力的な面でトラぶっていたのだそうだ。 

すでに商品としてのCMが流れ、けど、思うように生産ができていない。 どうする? と言う事態。 ちょうどその頃は、その対応での打ち合わせで本店のある東京へ行っていたらしい。 

で、客先の方から

大阪、すごいことになってるよ! 早く戻った方がいい!

と言われたのだそうだ。 父親はテレビニュースで惨状を確認して、慌てて大阪へ戻ったのだそうだ。 でも、新幹線は名古屋くらいまでしかまともに動いていなくて、名古屋から近鉄に乗り換えて、なんとか自宅までたどり着いたんだとか。

で、当の仕事のことなのだが… 

運よく… という言い方はすごく語弊が生じるのだけど、実際のところ、うちからすれば運良くが適当なので失礼するのだけど… 

地震のために納めた先の工場が全壊になったらしくて、機械のトラブルどころではなくなったのだ。

後から聞くと、正直なところ、ものすごく厄介な問題だったそうで、あの地震がなければ、うちの会社の存続も… と言う感じだったらしい。 当時のことは、思い出話しの域になっているのだけど、お陰様で難を逃れたことになった。

母親のこと。

地震が起こってしばらく… 今から思えば、母親はちょっとしたノイローゼになっていたような気がする。 ちょっとした揺れにも、過剰に反応してしまって… と言う感じ。 ことあるごとに、やかましいくらいに、地震への対策を話してきた。 

まぁ、その点は無理もないことなのだと思うのだけどね。

また、父親が実際の揺れを体験していないせいもあって、そこには、夫婦間の対立が生じている感じ。 それについては、30年経った今でも同じく。 

何かあれば、

あんたは、あの時の揺れを体験してないから!

と強い口調で言う。 恐らく、この溝は消えることはないのだと思える。

地震への対策。

うちの家内も兵庫県出身なので、あの時の揺れは体験しているし、同級生の何人かは、あの地震で亡くなったのだそうだ。

その体験から、ある程度の範囲ではあるのだけど地震への備えは行っている。 まず、飲料水の確保と、非常用の食べ物の備蓄。 あとは防災グッズ類の設置など。

水に関して言えば、うちは浄水器を使っているのだけど、いざという時にそれがろ過機になるというものを使っている。 なので、例えば、水の確保が難しくなって、濁った水しかないという場合でも浄化して飲料用に転化できる。 電力を使わないなので、もしもの時にも安心… できると思っている。 

最近では、ウォーターサーバーを設置している家も多いようだけど、地震の時って、電力事情がダメになってしまう。 電気を使って浄水するような装置だと、たちまち使えなくなるので注意が必要だよね。

また、最近の子どもたちや大人たちの中では、水道水が飲めないという人も増えてきているんだとか。 災害時って、一種のサバイバル。 

与えられた環境で、どう生きるか? 生き抜くか? という、体力はもちろん、知恵とかも必要になってくるし、それに加えて、順応性や適応能力、臨機応変さとかも必要なんじゃないかなと。 なので、あまりにも「きれい」な環境に身を置きすぎるのもどうなんだろうって、思ったりもする。 (^_^;)

集合場所。 

地震って、家族が揃っているときに起きるとは限らない。 なので、もしもの時の集合場所は決めている。 何かあったら、どこそこの場所へ… と言う感じ。

うちは、山手なので土石流の心配が多少あるんだけど、いちお、その害がない箇所で集合することにしてる。

これからのこと。

対策的にはまだまだな面があって。 

特に、電気に対する備えがまだなので大型のバッテリーとかを買いそろえなければなぁって思ってます。 あと、家族のことはもちろんなのだけど、一番の心配は仕事の面かな。

製造業なので拠点がアウトになると生活が途端にやばくなってしまう。 会社にも、家にも潤沢な蓄えがあるわけでもないので… もしもの時の収入源の確保をどうしていくか? ということが目下の課題。 という意味では、拠点がなくても仕事ができる、収入が得ることができる仕事に憧れがあります。

_ それにしても… みなさん、どうされているんだろうか? 

個人経営でも、会社勤めであったとしても、拠点がなくなると… どうですか?

会社勤めの場合だと、全国に支店や営業所があれば、何とか持ちこたえることができる。 でも、地場だけでやっている会社だとするなら? 個人経営でも、地場がメインだとするなら?

住処を追われ、行く当てもなく、また、稼ぎ口もないとすれば、どうしていけばいいんだろうか? って…

阪神のときでも、東北でも、この前の北陸の時でも、災害の後を見てる限り、国からは手厚い保障がでてくるわけではない。 政治家たちは、国や国民のことよりも自分のことに躍起になっている…。

悲観論に走るつもりはないのだけど、やっぱ、何かしらの手立てや策とか、後ろ盾とか、そういうのがあれば安心できるのになって思うんだけどね。


役立ちそうなやつ。

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Written by

けたろー。のアバター けたろー。 心理カウンセラー/魔法の質問 認定講師

心理カウンセラー/魔法の質問認定講師/自称料理研究家。

まず・・ 食に興味があり、ご縁があってカラダのことを学び、また、ご縁を頂いて心理学を学びました。ボディ・マインド・スピリッツは全て繋がっています。どれが欠けても善くない。学んできたことをゆるく語っていければなと思ってます。

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