※この記事は2026年6月に加筆・更新しました。
『ゆとり』と、〝余白〟。 この言葉を聞いて、どんなニュアンスと言うか、印象を持たれますか?
こんにちは。
Worker’s Cafe のけたろーです。
心や身体のこと、日々の暮らしのこと、仕事と生活のあいだで感じたことを、ここではゆるく書いています。
さて…。 今回はこんな話です。
「ゆとりがない」と「余白がない」。
同じようで、なんか違う気がするんですよね。 ある時ふと、この2つの言葉について考えてみたんです。
「ゆとり」と「余白」。 ボクが感じたニュアンス
『ゆとり』と、〝余白〟。
どっちにも言えるのが、時間的とか空間的に〝スペース〟があるような感じかな。 _ なのだけど…
ある時、『ゆとり』と〝余白〟ということを聞いていて、ボクがそれぞれに抱いた印象というか、感覚は、『ゆとり』の方がポジティブな印象を受けて、〝余白〟の方が、なんだかネガティブな印象に感じたんですよ。
ゆとり と 余白。
まず、『ゆとり』について。
ゆとり って、どこかしら『豊かさ』を感じさせるイメージがある。 身も、心も、豊かである上で、『ゆとり』ができる… と言う感じ。 豊かさとは、経済面でのことも含まれていて、また、人間関係とか仕事もそうだし、全てにおいて〝良好〟で整った状態の上で成り立つ〝空間(スペース)〟みたいな感じ。 言い換えると、余裕とも言うのか…

一方の余白。
ポジにもネガにも、両面なイメージがある気がする。
ボクが抱いた印象は、余白って「隙間」のような感じ。 例えば、仕事を考えてみれば、『仕事の予定がない』状態も〝余白〟だ。 その〝仕事がない〟状態が一過性で、1~2日程度のごく短いスパンを想定するなら、それは特に問題のない【余白】なんだと思える。
けど、スケジュールがガラガラで、先が見えない長期にわたる場合にはどうなんだろう? って思ってしまったわけ。苦笑
その時の余白って、なんだか落ち着かない。 先行きが不透明になれば、焦りもでてくる。 余白があっていいなっていう状態ではなくなってしまう。
適度な仕事や、適当な状態があって、そこに余白があるのならそれは健全だと思えるのだが、ガラガラの〝余白〟は、精神的には安定しない。 要は、「心」に余裕が生まれないということだ。
余裕がない状態なら、〝余白〟があったとしても心底楽しめない。

最良な「余白」って、どんな状態なんだろ?
ゆとりを持つことは大事なことだと思う。
それがない状態が続くことを考えれば、なんだか、すごく疲弊してしまうというか、へとへとで、くたくたで、何かに押しつぶされそうなくらいしんどくなってしまう。
ゆとりも、余白も同義だとするなら、〝最良な余白〟を得るためにどうすればいいのだろう? って思う。
それにはまずは、ベースな部分を整える他ないのかなと思える。
例えて言うなら、びっしり細かい文字で何かが書かれた紙をイメージする。 非常に見づらいし、なんだか息苦しさを覚える。 見やすくするためには、ある程度のスペースが必要だ… と言う感じかな。
このスペースが「余白」。 けどもし、それが何もない真っ白な紙なら、それは〝余白〟とはいえないのではないか? ということなんだろうなって。
余白をつくるために、ボクがやってること
じゃあ、どうすれば余白は生まれるか?
ボクのこの感覚・感情は、仕事の流れに起因してるのは明確なんだよなぁ。 仕事の事がらを抜きにして、「余白」のことを考えると、やっぱ、時間の使い方なんだろうよ。
答えはたぶん、シンプルで、余分なことをやめるだけなんだと思う。
今の時代でいちばん手っ取り早いのは、『スマホ時間』をやめてみたり、無駄に動画を観るのをやめてみるとか、SNSに触れない時間をつくるとか… 気づいたら1時間、2時間とスマホを眺めてた… なんてことは、日常茶飯事だろうし。 そういったことで、余白は生まれてくるのだと思う。
結局、余白って、自分と向き合うための時間ともいえる。 思い返せば、スマホがない頃って、もう少し向き合ってたかなって。 こと、今は情報が多すぎるし、簡単に情報が飛び込んでくる。 好き嫌い関係なしにね…。
外からの情報を遮断したとき、初めて見えてくるものがあるんだと思う。 ちょっとだけ、スマホを置いてみる。それだけでも、余白は生まれてくる。
余白について、もう少し考えたくなったら
スマホと脳の関係を科学的に解説した本。 「なぜやめられないのか」がよくわかって、読んだあとにスマホを置きたくなりますよ。笑
「本当に大事なことだけに集中する」というエッセンシャル思考の考え方。 余分なものを手放すヒントが詰まってます。
最後に。
ゆとりがある暮らしって、憧れるんだけど、いきなり手に入るものじゃないのかなって思ったりする。 でも、余分なものを少しずつ手放していくと、気づいたら余白ができてた… っていう状態にはできる。
そんな感じで、じわじわ変わっていくものなんだろうな、と思ったりします。
余白は、何もない空白じゃなく、整った暮らしの上に生まれる、自分のための時間だなって。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
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