注射とか、投薬とか…。 いろんな処置をして、元気になることを信じてたのだけど…。
こんにちは。
Worker’s Cafe のけたろーです。
心や身体のこと、日々の暮らしのこと、仕事と生活のあいだで感じたことを、ここではゆるく書いています。
さて…。 今回はこんな話です。
退院してからの話し。
以前のブログにも書いたのだけど、うちの後住みの「てん」は、ある日、ちょっと挙動がおかしいってことで、家内が病院に連れて行ったんだよね。
その日、血液検査をして、その時の血糖値がすごく高くて、糖尿病かも…。 という診断を受けた。 で、もう少し詳しく検査しようということで、後日に入院した。
その時の経緯は、このブログに書いてる。

点滴して、それが捌けきれず、肺水腫と胸水を併発。 ICUに入って、一命をとりとめた。
医者曰く、心筋も弱いとのことで、それは肥満が原因だと言われた。
ICUから復活して家に戻ってからは便秘に悩まされてた。 ICUに入ってる間も、ずっと便がでてなくて。 でも、その時の便秘問題は、退院後、後日に解消することができて、ひとまず、安心してた。
退院してからは、糖尿病治療に向けたエピ注射(インスリンのコントロール)と、心筋のための投薬治療をしていた。その時の模様もブログに書いてる。

便秘と拒食
投薬を嫌がって、なかなか食べない日が続いてた。 便通も悪い。 おしっこもままならないようだった。
血糖値用のセンサーを付けて、血糖値をみながらエピペンで対応していたのだけど、低血糖になったり、急激にあがったり。 そんなこんなで、病院を行ったり来たり。
水分をとってないということで、半日入院もしたりして。 で、自宅での点滴をすることになったんだよ。
エピペンでの対応は、この子に合ってないのかもということで、「センベルゴ」という新薬を処方されて、その投薬もしてた。 腎臓もちょっとまずいとのことで腎臓の薬も追加された。
心配事は、食べないことと、便秘。 相変わらず、便秘が続いてて、レントゲンからは停滞してる様子がありありとわかった。
食べないのは、投薬の所為かなって思ってた。 マズい(苦い?)らしくて、チュールのような餌に混ぜてやるんだけど、なかなか食べてくれない。 嫌がる。 けど、無理やり薬を与える。
その所為で、普通の餌さえも食べれなくなってしまったのかと思ってた。 一種の恐怖だもんね。
もう一点。 自宅では皮下点滴をしてたのだけど、あるとき、横腹にブヨブヨとした腫れ物があって。 医者に診てもらうと、「脂肪腫だから問題ない」とのことだった。 …けど、やっぱりおかしいとのことで、もう一度診てもらう。
今度は同じ医院の別の先生で、「化膿してる」ってことで、切開治療。
皮下点滴では、正常なら皮膚の下にたまった薬剤が吸収されていくのだけど、それが吸収されずに溜まって、腐ってしまってたみたい。
傷口を縫合して、抜糸まで、あと2~3日っていうところだったのだ。
その日は…。
相変わらず、便がでていないのと、おしっこもでていないようで、それが心配だった。
餌も舐める程度にしか食べない。
6月28日。 夜中くらいかな。 ウォーウォーって、太くて、うめくような声で鳴き始める。
後ろ足がもつれている感じもしてて、ベッドへ飛び上がろうとするも、落ちたようだった。
かかりつけの病院が開くかなり前の時間帯。 開くまで待てない。
このまま見ておくのも心苦しく、救急でやってる動物病院へ車を走らせる。 念のために血液検査をすると、血糖値が高くて、その他の数値も高い部分があって。 食べてないのが原因だろうということだった。
食べてないと、肝臓に負荷がかかって脂肪肝になる。 それもまた危険な状況になってしまう。 とにかく、食べさせないと… 強制給仕をするか、鼻からカテーテルをいれるか? どちらにするか?
その動物病院は、家からちょっと距離があったので、入院させてもこちらが通いづらい。 ということもあって、その場は引き返し、かかりつけの医者の判断も仰ぐことにしたんだ。
救急の病院からの帰り道に、かかりつけ医に立ち寄る。 その場は、家内と三男坊が対応した。
先生曰く、心筋が弱いというのをちょっと見落としてたかも…。 とのことだったらしい。
後足のもつれは、もしかすると血栓ができてるのが原因かもと。 猫では、骨盤付近によく血栓ができるらしい。 それが原因で足がもつれていて、また、それが原因の痛みで、うめき声をだしてる…。 とのこと。
血栓は手術で除去できるかもしれないのだけど、確度が低いし、心臓への負担を考えると、何とも言えない… ということだった。
三男坊がネットでいろいろと調べてて、血栓への対応は、見つかった段階によるらしい。 早く見つかれば、対応しやすいのだけど、時間が経過するにつれて固まってしまって、血栓から以降の組織は壊死してしまうようだ。
痛み止めを打ってもらって家に戻ってきた。
でも、痛み止めが切れたら、また、うめくかもしれない。 痛み止めの最上級がモルヒネであることも聞かされたと。
ともかく、自然治癒力にかけるしかないなって、話してた。
全く動かない。
病院から戻って、しばらくは、うめくような鳴き声をしばらく繰り返してた。 うなだれるように横になっていて、その場から全く動かない。 寝返りもしない。 様子をみるしかないな… と、祈ってた。
ボクらも心配で、ときおり様子をみて、ちょっと触ったら、「ウニァ」って鳴くんで、ちょっと安心しながら…。 その時の鳴き声は、うめき声じゃなくて、いつも聞いてるような鳴き声だった。
もしかすると、痛み止めが効いてるんかな、って思ってた。 それでも、横たわったまま動かない。
明日になれば、元気になってるだろ? って、祈りをこめた。
その時がやってきてしまった。
いつの頃からなんだろか、てんは、家内にべったりだった。
家内が出かけて戻ってくると、抱っこを催促する。 洗濯物をたたむときも、決まったように抱っこをせがむ。 抱っこをせがむときの彼には、定位置があって、家内への決まった側から近づいて、肩口へ。
ひとしきり抱っこされると、満足したかのように、離れていく。 まるで、乳幼児のそれだった。
そんなこともあり家内は、横たわったままのてんちゃんが心配で、その夜は添い寝。 ボクは先に寝たのだが…。 ちょうど、朝の4時半前くらいだったろうか。 家内のすすり泣く声で、目が覚めた。
「え? どうした? 亡くなったか…」 とボクは家内の元へ。 家内は、『てんちゃんが…』って。
『2、3回、軽いけいれんを起こして… 苦しむことなく、痛がることなく逝けてよかったかも。』 と。
29日 4:30AMころ 虹の橋へ。
てんが亡くなって、一番ショックを受けてたのは言うまでもなく家内だ。 肥満にさせたのは、私かもしれない。 もっと長生きさせたかった… って、ちょっと自身を責めてた。
三男坊もかなり落ちてた。
彼は世話好きで、よく面倒をみてくれてたし。 投薬とか、注射も彼がやってくれてて、何かあると、すぐに調べたり。 だから、かなりショックを受けてた。
弔うために、近くの仏具屋で線香立てとか、もろもろを買い、祭壇をつくって祈った。
火葬場にて。
町営でペットの火葬をしてくれるところがある。 でも、集合的な火葬とのことで骨拾いはできないとあった。 骨は拾ってやりたかったので、民間のところを探して、亡骸を車に乗せて、その場所へ。
きれいな祭典場。 火葬からお骨拾いまでの流れの説明を受ける。 あと、骨壺をどれにするだとか、メモリアルのツールをどうするのだとかの説明も。
お骨拾いは、お任せするか、スタッフ立ち合いで自分たちで拾うかなどのオプションがあって、自分たちで拾うプランで伝えた。
設けられた祭壇に、てんを運ぶ。 いろんな話をして、最後のお別れをした。




火葬場… 人のときの斎場のような感じをイメージしていたのだけど、焼き場は箱バンを改造して荷台に焼き炉がおいてあるような感じ。 出張して、火葬への対応ができるようになってるようだ。 ペットを飼う人が増えていて、そういうビジネスもあるんだなって思った。
火葬用の台に、てんをのせ、ホントに最後のお別れをする。 食べたかったご飯をおき、花を手向けて、書いてた手紙を添えて。
火葬してもらって、焼きあがった骨をみながら、いろいろと説明を受けた。 病気になって薬の投与などをしてると、骨が変色する場合がある。 その辺りを話をきいてると、特に問題はなかったようだ。 最近では、燃え残りで義眼がある場合が多いそうだ。
亡くなる前に、浣腸をして便をだしてもらったんだけど、まだ少し残ってたみたいだった。 便が焼きカスになって残ってた。 便って、残るんだね… なんていいながら、骨を拾う。
骨の形にはなってしまったが、我が家に帰ってきた。
あっという間だったな…。

てんが、我が家に来て9年。 なんだか、あっという間だったな。
家のリフォームを終えて、先住(くぅ)との出会いがあって、その1年後にてんを迎え入れた。 小さかったてんも、あれよあれよと、くぅよりでっかくなって…。
彼はとにかく、よく食べてた。 去勢手術したら太る子もいるってきいてたんだけど。 食べることが好きだったようだ。 くぅが食べてるご飯を、横取りするように食べる。 くぅ用にと、餌をいれるんだけど、その時のカラカラいう音を聞きつけて遠くからのそのそやってきて、すきあらば横取り。w
『お前は、食べすぎや!』といってたのが、今となっては懐かしいな。 あの姿はもう見れない。 甘えたな声で家内の元へすりよって抱っこをせがむシーンだって、もう見れないんだよな…。
入院してから、12キロあった体重が、見てる間に減っていった。 ちょっとスリムになってきた? と思ってたんだけど、食べてないから、やつれたという感じだったんだろうか。 背中の大きさも小さくなって、顔回りも小さくなった。
考えてみれば、心筋が弱いと聞いておきながら、彼の心臓へ負荷をかけることばかりやってしまってたのかも… と、ちょっと後悔。
最後の救急病院へも、車に乗せ30~40分かけて移動。 車の中では、苦しそうに鳴いてたし。 その時も、心臓に負荷をあたえてしまってたのかもって、今更ながら思う。
投薬だって、注射だって、便秘への浣腸だって… 処置だから仕方がないと言えばそれまでなんだろうけど、かなりのストレスを与えてしまってたのは、否定できない。 言い出せばキリがないのだけど…。
猫って、我慢強い生き物だと聞いた。 医者曰く、症状が出てきたころには、かなり病状が進んでるらしい。
けど…。 これは、あくまで個人的な思いなのだけど、なんだか病院にかかってからドンドン悪くなったイメージを覚えてしまう。 ICUに入ったりしてたのは、ここ1か月ちょいくらいでの話しだし。
肥満がアカンと言われたけど、健康的な肥満もあるわけだし、ホンマか? って思ったりもした。 そんなことを思えば… どうだったんだろって。
今から思えば、晩年は病院の往復ばかりだった。
あれだけ食べてたのに、食べれなくなって…。 本人も辛かったと思う。 その辺りが残念でならないし、でも、病院での策が最善の処置であったと思いたい。
小さかったころから順に。
















別れは…
ボク自身、ペットとの別れは、小学生のころに飼った文鳥以来だ。 でも、その時の感覚と今回の感覚は、ちょっと違う。 悲しみの度合いが違うね。 思い入れの差なんだろうか? それとも、てんの方がもっと身近だったからだろうか? よくわからない。
ペットを飼う…。 迎え入れた瞬間から、別れへの時間も始まってる。
正直、別れの悲しみは大きいのだけど、それ以上に一緒に暮らした時間も、かけがえないなって思う。 他では経験できない、彼との時間。
抱っこしたときのぬくもり、重さ、撫でたときの毛並みのやわらかさ。 枕もとで寝てた寝顔。 家族との時間。
すべてが貴重な時間で、愛おしい。
最期をみること。 子どもらにとっても、良い経験だったんじゃなかなって思う。
ご縁があって、我が家に来てくれて、本当に楽しい時間をありがとう。 痛みから解放され、薬も飲まなくてよくなったから、あっちでは思う存分食べてほしいな。
冥福を祈ってる。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
Worker’s Cafeでは、
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- 使ってよかった道具や本
そんな「日常と仕事のあいだ」にある話を書いています。もしよければ、他の記事ものぞいていってください。
ちなみにボクは、「聴き屋」として人の話を聴く活動もしています。
考えごとを整理したいときや、少し話してみたいときは、こちらもどうぞ。








